本当の自分に戻る★すべてを幸せに変える錬金術★

このブログは、本当の自分を思い出してすべての出来事・感情を、幸せの材料にするための方法や考え方をまとめたブログです。

自分を愛するって抽象的すぎてどうしていいかわからなかったのに自信を持って愛せるようになったハナシ

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自分に必要だろうに、

いまいちどうしていいのかわからなかったことばたち。

 

自分を愛しましょう。

すべてを受け入れましょう。

ゆるしましょう。

 

愛するといいんだろうけど、愛するってどういうことかわからなかった。

健全な人は、呼吸をするように自然と愛することができるんだろうか。

愛するってどんなことか当たり前のようにわかっているんだろうか。

 

 

どうしていいのかわからないから、どうすることもできなかった。

「はーい。愛しまーす」って、とりあえず「愛しましょう」という意見に

反対の姿勢は取らなかったけれど、それだけ。

それが、中野真作さんの本と出会って、いきなり腑に落ちた。

 

 

自分を愛するということは頭で考えることではありません。

そのときどきの感情や感覚をありのまま感じ取ることが

自分を愛するということです。

 

たとえ不快な感覚やあまり感じたくない感情があったとしても、

その感覚とただ一緒にいてあげて下さい。

それもあなたという存在の大切な一部なのに、

これまで知らないうちに自分から切り離していたのです。

 

その部分を自分に取り戻していくことが

分離の夢から覚めていく第一歩です。

中野真作「癒しと目覚めQ&A」より

 

 

これすごい画期的。

 

 

いまある感情や感覚をそのまま感じるだけ。それだけで

愛して、すべてを受け入れて、ゆるして、認めることが

全部自動的にできちゃう!

 

なぜこんな感情が起こるのか原因を探す必要もないし、

どうすればこの問題を解決できるか答えを見つけなくていいし、

この感情が無くなるように自分を説得する必要もない。

 

身体のわたしがやることは、ただ感じるだけ。

あとは真我である本当のわたしが

全部上手くやっておいてくれる!

 

わたしはいまある感情と感覚を感じているだけで、愛することができちゃう

すごい存在だったことを思い出して、自分であることに誇りを取り戻すことができた。

 

 

いままで、ネガティブな感情を感じると、

無意識のうちにその感情を持つことを否定していたんだと思う。

 

この感情は本来の自分じゃない。

もっとこう考えたらこの感情を持つ必要はなくなるから大丈夫。

 

そうやって、嫌な感情を持たない自分になるために、

その感情自体と、その感情を持つ自分を説得しようとしていた。

 

嫌な感情を持たない自分こそが

本来の自分だと思い込んで、そこを目指していた。

それが浄化だと思っていた。

 

 

でも、ただ感じる=愛するだったら、

どんな感情を持っていても否定しなくて済む。

ネガティブにならないように自分を説得しなくていいから。

 

それにどんな感情も肯定するって、

その感情を持っていても「良い」と善悪のジャッジをすることじゃなくて、

「こんな感情があるな。この感情はこんな感覚」と、そのままにしておくこと。

 

いまあるものを変えようとせずにそのまま感じていればそれが肯定なので、

エネルギーはちゃんと流れてくれる。

 

ああ、もう否定しなくていいんだ。

 

そう気づいた瞬間、ものすごく安堵した。

そうか。わたしは何かを否定するたびに傷ついていたんだな。

こんなに否定するのが嫌だったなんて、知らなかったよ。

 

否定しちゃいけないでも、否定しなくてもいいじゃなくて

否定したくなかったんだね。

 

 

こうしてわたしは、わたしを愛することができると知った。

 

 

わたしはわたしを

愛することができるんだ!

なんて素晴らしいんだ!

嬉しくてしょうがない!!

 

健全な人からしたら意識するまでもない当たり前のことなのかもしれない。

でも、生きるのがヘタでへっぽこなわたしにとっては

世界が一変するほどの大発見だった。

 

 

そして、わたしがどんな感情も愛せると知ったと同時に、

感情もわたしを愛してくれていることを知った。

 

感情は、わたしがいま受け止められる分だけしか出てこない。

リアルタイムで100の感情が湧いてきたとしても、

わたしの受け止めスペースが50分しかなかったら

自動的にそれを計算して50分の感情だけ心の表面に出してくる。

 

残り50は心の奥底にしまい込んでおいて、

わたしのスペースに空きが出来た頃を見計らって

しまい込んだ分を心の奥からそっと表面に出してくる。

 

この心の奥に閉まった分はエネルギーブロックとして

悪者扱いされちゃうことが多いけれど、

 

わたしに準備ができるのを

待っていてくれる

愛の機能だと思う。

 

 

感情を一気に出して、身体のわたしが壊れないように。

しまい込んだ分を出すのは、わたしにスペースができるまで待つよ。

スペースが出来るのはいつでもいいからね。せかしたりしないよ。

 

これって、感情からの愛以外なにものでもないよね。

わたしを苦しめていると思っていた感情に、

本当はずっと愛されていたんだね。

 

 

 

わかりにくいけど。

つか、言葉で説明しろや(笑)

 

 

うん。わかってる。

言葉はどうしても二極を生むからできないよね。

こうしてブログに書いていることも、月をさす指にしかならないもの。

 

でも、「月はあっちだよ」とさしておけば

そっちを向いて月を見つける人がいるかもしれない。

月が見つからなくても、月が見つからないという感情を体験できるよね。

 

だからわたしは、今日もこうして書きたいことを書く。

 

 

 

 


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嫌な現実が起こるのはネガティブな自分への罰じゃない

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「嫌な現実が起こるのは自己責任」という言い方をされると、

責められている気がして、とても苦しくなった。

「そうか。わたしが悪いのか」と罪悪感が押し寄せて、どよ~んとしてしまう。

 

だからといって

「よし!今日から頭の中にポジティブなことだけ置くことにします!」

なんてできるはずもなく、できないことをやれと強制されているようで

どんどん辛くなっていった。

 

自分の想念が嫌な現実を創っているという言葉もしかり。

どの想念が嫌な現実を創っているのかを探す作業は、

いまにも爆発しそうな爆弾を止める配線を探すかのような

焦りを感じさせるばかりだった。

 

そんなに自分を苦しめる教えってどうよとも思うけれど、

欲しくない現実ばかりに意識を向けてはいけない。

嫌なことが起きてほしくないなら、欲しい結果を見つめろ。

というのは正論だと思う。わたしもなるべくそうするようにしている。

 

何を考えてもいいフリーの時間にわざわざ嫌なことを考えたりせずに

気分が良いことに目を向けていれば、良いことも起りそうだというものだ。

 

 

でも、間違っちゃいけないのは、

たとえ嫌な現実が現れてしまったとしても、

それは欲しくない現実に意識を向けていた

自分への罰なんかじゃないということ。

 

 

嫌な現実が起こるのは、

本来の自分そのものである至福に

戻ろうとする働きが生じているだけだった。

 

わたしはずっと、幸せになるためには

幸せな現実が必要だと思っていた。

幸せな現実を創るために、自分の内面を見るんだと思っていた。

 

 

でも、逆だった。

まだ感じ切れていない未消化の感情を

「いま」の心に呼び起こすために、

目の前の現実が現れているんだった。

 

 

感情は、感じ切らないとエネルギーを滞らせ、

エネルギーブロックとして溜まっていく。

溜まった感情は心の奥底へ沈み、不安となり、苦しみを生む。

 

ネガティブな感情や自我の思考は、

意識の光を当ててあげると消えていく。

消えてしまえばもう、

それに関する嫌な現実は起こらなくなる。

 

 

だから、嫌な現実というのは、

 

 

 

「未消化の感情、あるで!ここやで!」

 

 

 

という的をわかりやすく掲げてくれている親切な存在だった。

 

 

嫌な現実は、わたしたちに嫌な気分を感じさせる。

嫌な気分は「あれ、どうしてだろう」と、

自分の内面に意識を向ける動機となる。

 

本当は嫌な現実が起こる前に、嫌な気分が起こっているはずなので

この時点で内面に意識を向けることができると被害が少なく済む。

 

もっと言えば、嫌な気分が起こる前に、ちょっとした違和感がくるので

そのときに意識を内面に持っていければもっと良い。

 

でも、わたしの場合は嫌な気分も盛りだくさん感じていたし、

嫌な現実もてんこ盛りだったくせに、

まったく自分の内側を見ようとしなかった。

 

いや、見ていたつもりだった。

「何が原因でこんな嫌な目にあうんだろう。どうすればいいんだろう」と。

 

 

 

それ自分の内面ちゃう!

あんたがガン見しとる

「原因」と「対処」ってやつは

思いっくそ外側じゃ!

 

 

でも、そんなわたしのたわけた行動ごときで

本来の自分はあきらめたりしない。

わたしが内面に目を向けるまで

嫌な現実と、嫌な気分を送り込んで意識の光を当てさせようとする。

 

それは愚鈍なわたしへの罰なんかじゃなくて、

わたしが楽になる機会を無限に与えてくれるという、

本当の自分からの最大限の愛だった。

 

 

いますぐに、どの想念が嫌な現実を創っているのか

わからなくても、とりあえず問題ない。

 

いま見るべきものは、いま心の表面に出てきているものだけだから、

それをそのまま見ればいい。

 

いま心に浮かんできていないものまで無理に引っ張り出すことはない。

ってか、いま受け止められる分だけしか出てこないようになっているから

そのままでだいじょうぶ。心配ない。

 

「どうしよう」と混乱していたら、

混乱しているのはわたしじゃなくて自我さんだ。

自分じゃない証拠に、ほら観察することができる。

どうしようと言っている自我をそのまま感じてあげる。

 

「どうしよう、どうしよう、どうしよう」と心の中で繰り返し、

身体にどんな感覚があるのかを感じ、観察する。

この感じる作業が、意識の光を当てるということ。

5分ほどでエネルギーが動いて浄化され、ネガティブなエネルギーが抜けていく。

 

「いまは浄化のとき」だと、津留晃一さんも言っていた。

もう20年も前に亡くなっている方だけど、

この方の言うう「いま」は、いまのわたしの「いま」と同じだと

わたしにやってきた直観が言っている。

 

「いま」は時間じゃないし、

時間なんて本当にないんだなあ。

 

 

「いま」必要な人に、この情報が届きますように♪

 

 


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セッションメニュー更新しました。

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最新のインスピレーションがやってきたので、

セッション内容を変更しました。

これ、めっちゃ楽しいよ!

 

trueself52.hatenablog.com

 


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心が楽にならないメソッドは失敗なんかじゃなかったという発見

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心が楽になるメソッドを試したり、セッションを受けたのに全然楽にならない。

 

わたしはずっとこんな経験ばかりしていた。

 

知識を得たくて、性格や考え方を変えたくて、いらないブロックを捨てたくて

ずいぶん時間とお金を使ってきた。

でも、そのほとんどに効果を感じられずムダになった。

 

いや、ムダになったと思っていた。

 

確かに「求める効果」は得られなかった。でも、

本当に必要なものが、どっさり得られていた

ことに今になってやっと気がついた。

 

 

ずっと昔からわたしの心の中は原因のわからない不快感がおおわれていた。

不安、焦り、罪悪感などが交じり合った名前のつけられない「それ」は

毒ガスのように胸いっぱいに広がり、わたし全体を絶望感へ追いやってくる。

これを何とかしたくて、あらゆる方法を試してきた。

 

 

 

これがどれもこれも

面白いくらい効果なかったんだな(笑)

 

 

 

試す前は「これで楽になれる!」と、うっきうきで期待しているのに、

終わってみると何も変化がなくてがっかりする。

専門家に見てもらったあとはいつも笑顔でお礼を言いながら

 

 

 

お前よくこれで金取ろうと思ったな(゚益゚)

 

 

 

くらいの暴言を頭の中で吐いていた。

ほんますんません。

一部の専門家には今でも思ってるけど(笑)一応謝っておきます。

 

 

この怒り、結構長い年数抱えていたけれど、

それがどうやら誤解だったと気づいてしまった。

 

最近「あー、そういうことだったのか」というひらめきが

突然降ってくることがよくあって、これに対する答えも降ってきた。

 

 

小我のわたしは「心を楽にしたくて専門家を訪ねた」と思っていたけど、

本体のわたしの目的は、全然別のところにあった。

 

 

その目的とは、

専門家を訪ねることによって

心に浮かんだ感情や想念などを発見すること

だった。

 

 

例えばAさんというヒーラーのセッションを受けたとする。

そのときわたしの心には、こんな想念が顔を出す。

 

 

●Aさんこそがわたしを楽にしてくれるに違いない

→外に答えや自分を変える力があると投影している

 

●ここでダメだったらもう楽になる方法はない

→過去の経験に縛られた嘘の思い込み

 

●でもAさんのヒーリング効かなかったな

→わたしが受け取らなかっただけ

 

●力もないくせに何偉そうにしてんだこの人

→Aさんに力があると投影しているわたしがAさんを偉そうに見せている

 

 

そして効果がなかったわたしの心は、絶望感が乗った分だけ不快感増し増し。

 

 

 

お金払って

不快感増やしとるやないけ!!!

んなもん買い集めて

どうすんじゃ(ノ゚益゚)ゝ!!!

 

 

こうしてさらに心は荒れ狂い、専門家を訪ね歩くたびに

苦しさは重たくなっていった。

 

 

専門家は、「あなたの苦しさを解放します」と看板を出していた。

だからわたしはそれを求めて足を運んだ。

なのにその効果を得られなかった。

 

 

これ、普通に専門家に否があるように見えるでしょ?

でも違ったのよ。

 

 

確かに小我のわたしは専門家がうたっている効果を求めて行動を起こした。

でも本体のわたしが、わたしを専門家のところへ行かせたのは、

苦しさの解放が目的じゃなかった。

 

本体のわたしが求めていたのは、

わたしが抱えているいらなくなった想念をあぶり出し、

そのとき出てきた感情を感じさせることだった。

だから求める以上の効果はしっかりと得られていたのだ。

 

 

それに気づかず、専門家を無能だと決めつけ、何も受け取ってこなかった。

苦しさの解放を求めてつぎつぎと専門家ジプシーをしていた。

 

 

苦しさからの解放はたしかに重要だ。

でも、それは「いま」することじゃなかった。

 

「いま」必要なのは、

「いま」心に浮かんだ感情を感じ切ることと、

「いま」いらなくなった想念を手放すことだった。

 

 

心に浮き上がってきた感情は、しっかり感じないと塊化して

エネルギーの流れを止めてしまう。これがエネルギーブロックだ。

エネルギーが滞ると、心、体調、人間関係、出来事に不調和が起きる。

だから出てきた感情はどんなものでも感じ切って流していく必要がある。

 

「ただ感じ切る」というのは、

否定的な感情でも肯定的に変えようとしない。

感じるのがいやな不快感があっても消そうとしない。

身体のどの部分にどんな感覚があるのかを観察する

ということだ。わたしの場合、

「いま、不安が来ている、来ている、来ている」と言葉を繰り返す

のも集中しやすいのでよくやっている。

 

 

こうして集中して意識の光をあて続けると、

感情の塊が無くなってエネルギーが元通り流れはじめる。

津留晃一さんは5分くらいと言っているけれど、

わたしは強い感情だったら10~15分くらいやっている。

 

感情が消えたかどうかは、その感情をリアルに思い出せるかどうかでわかる。

感情にまつわる物事を見ても何も感じなくなったとか、

「不安が来ている」と頭の中で繰り返していたなら、

その言葉に集中できなくなったとか、どうでもいいことに感じるようになったとか。

 

感情を感じ切ったら、あとはいらない想念を見つけて手放す。

これは好きなメソッドを使ってもいいし、

見つけるだけで外れる人もいる。

 

わたしは

「○○でもいいし、○○じゃなくてもいい」

と頭の中でつぶやいてみる。

「Aさんに力があると思ってもいいし、ないと思ってもいい」とか、

「人に優しくしてもいいし、しなくてもいい」とか。

 

もしすんなりいったら外れた証拠。

抵抗があったら、抵抗がある感じを胸で感じ切る。

抵抗を感じる自我を否定したり、説得したりしない。

ただ、観察する。

 

ただ観察するって、「そこに存在しているな」と認めること。

認めるって、二極性のない方の「愛」そのものだ。

「存在してもいい」だと、「良い、悪い」のジャッジが入るから

二極性の愛になっちゃう。

 

これまで「存在してもいい」の言い方が重宝されていたのは、

「存在していたらダメ」という方向へ偏った人が多かったから

反対側へ誘導することによって真ん中に戻そうするためだ。

 

でも、もう時代が変わって、そんな手はずをすっとばして

直接ニュートラルにいけちゃうようになっちゃった。

 

 

時代が変わると、いままで有効だった想念が

役立たずを通り越して足かせになる。

だから想念の手放しが必要なんだ。

 

いや、むしろもうどんな想念もいらない。

自分が空っぽになればなるほど神意識が動き始めるから。

 

 

「感情を感じ切る」

「想念を手放す」

この2つを常にやっていれば、苦しみは自動的に開放されていく。

 

 

 


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肯定するとは、それで良いとジャッジすることじゃない

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起こることはすべて完璧。何があってもOK!

そう人生を肯定していると、願いが叶う、良いことを引き寄せるという。

 

 

これを知ったとき、こんなことで人生が良くなるなら簡単だ!

いますぐやろう!と、わくわくした。

 

 

嫌なことがあっても「完璧だ」。

不安で心がいっぱいになっても「こんな自分でOK」。

願いが叶わなくても「これは良いことの前兆か、叶うプロセスだ」。

 

 

少しでも人生を良くしたくて、

どんな現実が見えようと、いくら気分がふさごうと

これが最善なんだ。完璧でOKなんだと

自分に言い聞かせる日々を送っていたことがある。

結果どうなったかというと、

 

 

 

益々苦しくなった(ノ゚益゚)ゝ

 

 

 

 

そらそうよ。

「言い聞かせている」時点で自分に嘘ついてんだもの。

 

 

しかもおかしいのが、いいだけ苦しくなってんのに、

「ここで辞めたら不幸になる……」

なんて本気でおびえて続けようとするの。

「完璧だ。これが最善だ((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル」

って、まだやってんの(笑)

 

 

なぜそんなバカなことをしていたかというと、

おかしいと疑いつつも、この理論が全面的に違うとも思えなかったから。

だから完全には辞められずにいたんだけど、やっぱりどんどん苦しくなってくる。

 

 

心の中が「苦しい」でいっぱいだから、とうとういいことに目が向かなくなった。

叶ってほしいことに意識を向けるといいことはわかっているのに、

どうしても希望の光の方を向きたくない。

 

 

感謝をすると願いが叶う、幸せなことが起こると提唱する人たちから

「水道から水が出るのはありがたいでしょ?」

「お財布の中に1円でもお金があるなら、お金がないなんて言うもんじゃない」

「命にかかせない空気だって無料なんだよ?」

と言われても、ありがたく思うどころか

 

 

うっさいんじゃ!押しつけがましいわ!!

 

 

 

と疎ましく感じ、さらに感謝が湧かない自分を責められている気がする

被害妄想からの、自己嫌悪という負のフルコースを味わうばかりだった。

 

 

そんなとき、津留晃一さんの教えに出会った。

津留さんのやり方は、わたしにとても合っていた。

 

 

不安を感じたら、その不安をじーっとただ見つめる。

不安を消そうとか、安心に上書きしようとかせずに、ただそのままにしておく。

胸に広がるもわっとした感覚や、のどが締め付けられる感じ

といった体の感覚を感じ続ける。

これを5分ほどやると不安のエネルギーが抜けてくる。

するともう不安を感じる必要がなくなるので、同じような問題は起こらなくなる。

 

 

おもしろいなと思ったのが、不安のエネルギーを感じ続けるために

「不安がある」と、頭の中で言葉を繰り返したり、

不安を起こす映像が頭に浮かんだらそれを見続けたりすること。

 

 

さんざんネガティブに焦点を合わせてはいけないという教えを聞いてきたから、

このやり方は新鮮だった。

津留さんいわく、不安に意識の光を送り込むと消滅するので、

もう不安に焦点を合わせなくてすむようになるという。

 

 

やってみると、たしかにすっきりする。

5分で心の中すべてが完全に晴れ渡るわけではないが、

確実に心のお掃除が進んでいる実感がある。

 

 

そして意外なことに、不安なときに頭の中で「不安がきている」

という言葉を繰り返すと、安心するのだ。

意識の光が不安のエネルギーを消してくれているのもあるだろうけど、

なによりこれが「肯定する」ということなんだとわかった。

 

 

「肯定する」、「OKを出す」って、

すべては「良い」ことと思うことだって誤解していた。だから

「不安になるのは願いが叶うサインだから良いことだ」とか、

「欲しいものが手に入らなかったのは、もっと良いものがある証拠だ」なんて

ネガティブな気持ちや現象が「良いこと」だという理由をいつも探していた。

 

 

これ、ポジティブな考え方かもしれないけれど、

わたしには合わなかったみたいで、

ちょっとずつ自分の心に嘘をついている負担が積み重なって苦しくなった。

 

 

でも、津留さんの「ただじーっと見る」、「そのまま身体の感覚を感じる」

ってのは、心に嘘をつかないから負担がまったくかからない。

不安だったら、「不安だ」と頭の中で言葉を繰り返して、

不安のエネルギーを身体で感じて、もし映像が浮かんだらそのまま見る。

 

 

それは「良い」、「悪い」とジャッジすることではなく、

ただ「不安、あるな」と、そのまま認識することだ。

 

 

「不安があっても良い」でも、「不安があるから良い」でもなく、

「不安、あるな」。ただそれだけ。

「不安があっても良いと認める」のと、

「不安、あるな」と認めるのでは全然違うのだ。

 

 

あるものは、ある。

ただそれだけ。

これが「肯定する」ということだ。

 

 

なんでこんなそのままのことがずっとわからなかったのか、

いまとなっては自分が不思議でならない。わからないけど、

全体の中の「わからない」という模様を体験しただけのことなんだと思う。

 


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藁にも縋りたい心境での言動にいいも悪いもない【血液クレンジングの話題から湧いた想い】

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何日か前に、Twitterのトレンドで「血液クレンジング」というキーワードを目にした。

少し気になったものの、何となく調べることもないまま忘れていった。

 

そして今日。Twitterのタイムランでこんなつぶやきをみつける。

 

 

 

 

わたしがこの女性でも、きっとおなじことをしたはずだ。

もしたいせつな人が病に侵されたとしたら、

どんなに気を確かに持たなきゃと思っても、いつの間にか

身体全部が恐怖、不安、焦りに飲み込まれて溺れてしまうだろう。

 

 

どうにかしなきゃ。

どうにかなんてできるんだろうか?

あきらめたらダメだ。

ポジティブでいなきゃ状況は悪化してしまう。

こんなときこそもっとリラックスして。

焦ると視野が狭まる。物事を広くとらえて正しい情報だけを選ぶんだ。

 

 

 

って、できるかそんなこと!!!

 

 

 

そんな藁にも縋りたい心境の中で起こした言動に、いいも悪いもない。

そのときできる精いっぱいをやっているんだから。

 

 

後から振り返って後悔してしまう言動があったとしても、

そのときはそれしかできなかったんだもの。

そのときは、それしか選択肢がなかったってことだよ。

 

 

その後悔だって、いま時点の後悔であって、

もっと後になったらやっぱりあれが正解だったと思うかもしれない。

いや、天には間違いがないっていうから、やっぱり正解だったで正解なんだ。

 

 

この記事を書いた人にそう伝えて、力いっぱい抱きしめたい。

それから美味しいご飯をたらふく作って、いい香りのするお風呂をわかして、

ふかふかの温かいベッドを用意するので、たっぷり眠っていただきたい。


 

「ああすればよかったのに」
「あれは辞めておけばよかったのに」
そんな戯言吐く奴らを片っ端から吹き矢で撃退してあげたい。

他人に認めさせなければ自分の正義を守れない輩に付き合うこたーないもの。
 
 


そんなことしても何の役にも立たないけれど。
そんなことすらできない役立たずだけれど。
だから人は祈るのかもしれない。

 

身体のわたしは願いを叶える力もないちっぽけな存在だけども、

本体のわたしは、すべてを受容する愛だから。

だからわたしは祈る。

 

 

あの人が幸せでありますように。
あの人の悩み苦しみがなくなりますように。
あの人の願い事が叶えられますように。
あの人に悟りの光があらわれますように。
 
あの人が幸せでありますように。
あの人が幸せでありますように。
あの人が幸せでありますように。

 

 

あの記事を書いた人が一番辛かった時間に

この祈りが届きますように。

 


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「サ道」は悟りの新しい道しるべ【ほんのりネタバレ注意】

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 テレビ東京 ドラマ25 「サ道」。

良かったっす。

 

 

テンション高い系の喜びもいいけれど

じわ~んと、ゆ~ったり、ま~ったり

静か~に、無限~に広がる幸せは、もっと大好き♪

 

 

最終回の落とし方も素晴らしかった。

ラス前の回で、突然サウナで整わなくなってしまった主人公。

失われた「整う」を追い求め、必死にあがき続ける。

 

 

そしてむかえた最終回。

「整いたい」「もう二度と整えないかもしれない」。

焦り、不安、抵抗が頂点に達し、

そのエネルギーが諦めに傾いたとき、ふと言葉が降りてくる。

それが主人公を「サ道」の神髄へと導いた。

 

 

これ書いたひと、絶対精神世界にくわしいよね。

というより、完全に悟ってるよね(笑)

 

 

別の領域を体感した人って、

ほんとうにみんなおなじものに触れたんだなーと思う。

だって、こうだよ?

 

 


若者よ。

サウナを信じるな。

「整う」とは何か。

ただの言葉だ。

 

 

特別な状態を追い求めてはいけない。

なぜなら、そんな状態はこの世に存在しないからだ。

 

 

幸せを信じ、求めることが、

幸せでない苦しみを生み出すのだ。

 

 

サウナとは、身体を温め、水風呂に入り、

体を休める。ただそれだけのことだ。

 

 

そこのあるのは、安らぎと喜びだけ。

それ以上求めてはいけない。

 

 

あるがままに。

その安らぎと喜びを感じていればいいのだ。

サウナを信じるな。

サウナを信じるな。

 

 

 

……ね?

 「サウナ」を「悟り」にかえると、

マスターの言葉そのものでしょw?

 

 

ここからネタバレ。

 

 

 

 

 

 

この後主人公は、「整う」の呪縛から解き放され、

純粋に「サウナそのもの」を楽しむ自由を手に入れた。

 

 

それは整うことを知る前に戻っただけのようだけど、

「整う」を知る前と同じとはいえなくて、

とやいえ、違うともいえない。

同じでも、違うでもない。

でも、どちらでもあるともいえ、どちらでもないともいえる。

 

 

まさに色即是空・空即是色!

まさにノンデュアリティ

まさに十牛図の世界!

 

 

昔は辛い修行を経てたどり着いたり、たどり着けなかったりした境地に、

いまはサウナで「ほわわ~~~ん」としているだけで

いけてしまうかもしれないという幸福♪

これがアセンションの世界だとしたら、

人生は思った以上に面白い!

 

 


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ネガティブな感情を利用して本当の自分をこの次元に呼び込む

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ネガティブな感情の取り扱い方はいろいろあるけれど、

「ティク・ナット・ハン」というベトナム出身の禅僧が提唱するやりかたを

ちょっと試してみたらかなーりスッキリしたので

最近のお気に入りです♪

 

 

ティク・ナット・ハンは、ダライ・ラマ14世と並んで、

20世紀から平和活動に従事する代表的な仏教者であり、

仏教とマインドフルネスの普及活動を行なっています。

 

 

この方がいうには、強い感情に巻き込まれないためには

腹式呼吸」が有効とのこと。

 

恐れや怒りなどの強い感情に見舞われたとき、

頭(思考)や胸に意識を置いたまま身を任せるのは危険。

強い感情の嵐に巻き込まれてしまうと、

いつまでも恐れを持ち続けることになるから。

 

そして抑圧したあげく爆発させてしまうと

まわりにも被害が出る。

 

今度は爆発された側の人が、その感情に取りつかれて

他の人に伝染させてしまう。

 

爆発させなくても抑圧したままだと、

自分の子孫にその感情を手渡してしまう。

 

でも、感情の扱い方を知っていれば、

いつ強い感情がやってきてもリラックスして向かい入れることができます。

 

 

 

やりかたは簡単。

 

腹式呼吸をする。

息を吸うときにお腹がふくらみ、吐くときにへこむ呼吸。

吸っているときは、吸っていることに、

吐いているときは、吐いていることに意識を向ける。

 

「息を吸いながら、心に苦痛があることに気づく。息を吐きながら、苦痛を鎮める」

この言葉のバリエーションはいろいろあって、書籍では

「息を吸いながら、心を解放する。息を吐きながら、心を解放する」

ってのも紹介されている。

 

わたしはアレンジして

「息を吸いながら、○○に気づく。息を吐きながら、それを解放する」

なんてやってる。

 

○○の部分は、「恐怖」「不安」などそのとき解放したい感情。

どんな感情かわからないときは「いやな感じ」「この感情」

と、なんとなくの表現にしている。

 

 

重要なのは頭や胸じゃなくて、お腹に意識を置くことと、

呼吸に気づきの意識を向けることなので言葉は好きなものでいいと思う。

 

 

 

だいすきなノンデュアリティチーチャーの、「エックハルト・トール」は、

著書「ニューアース」でこういっている。

 

 

●一つの呼吸を観察するだけでも、

それまでは途切れない思考が続いていたところに

空間ができる。

 

 

●呼吸を観察するというのは、

思考から関心を引き離して空間をつくることだ。

意識を喚起する方法のひとつである。

意識は外に現れないまま、

まるごとあなたのなかにあるのだが、

その意識を私たちの次元に引き出すのだ。

 

 

●呼吸には形がないという事実も、

呼吸の観察が人生(生命)に空間を作り出す、

つまり意識を生み出すきわめて効果的な方法である

理由の一つだ。

 

 

●呼吸を観察すると、

いやおうなしにいまこの瞬間に「在る」ことになる。

これがすべての内なる変容の鍵なのだ。

 

 

●意識的に呼吸すると心が停止する。

それは茫然自失とか半睡状態とは大違いで、

完全に目覚め、意識が研ぎ澄まされている。

 

 

●完全にいまこの瞬間に在ることと、

意識を失わずに思考を停止することは

実は同じことだと気付くだろう。

空間の意識の現れである。

 

 

「気づきの意識」「空間」とは、「本当の自分」のこと。

いまに在り、空間を向かい入れると

目の前の状況に振り回されることなく解決策が自ずと現れる。

もしわたしの行動が必要なら、行動がわたしを通じて起こるのだという。

 

 

ネガティブな感情を材料にして本当の自分によるオート幸せ人生が創れるなんて、

まさにすべてを幸せに変える錬金術(笑)

 

 

ちなみに、腹式呼吸のメソッドはティク・ナット・ハンによると、

15~20分くらいはやるといいみたい。

 

じゃがいもだってどんなに強火にかけたとしても5分じゃ食べられないでしょ。

強い感情も料理するにはそれなりの時間が必要よということだった。

 

 

まあ、たしかに強い感情が20分程度で片付くのならいいよね。

でも、そこまで強い感情として蓄積されないように

こまめに呼吸に意識を向けておくのがおすすめ。

 

 

意識的な呼吸をすれば、いつだって本当の自分を迎え入れることができるから。

これを続けていたら、わたしの場合は、お腹にあたたかい光がある感じになった。

もしかすると、これが自灯明というものなのかもしれない。

そう思うとなんか嬉しいから、そうすることに決めた!

 

 


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「受け取りたかったら先に出せ」と言われても出せないときの簡単で効果的なメソッド

 

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引き寄せの法則では、

受け取りたかったら先に出せ

と、言われている。

 

お金を受け取りたかったら、自分からお金を出す。

出せるお金がなかったら、相手によろこばれる行動や、感謝の気持ちを出せと。

出したら入る。

理屈はわかる。

 

でも、あまりにもエネルギーが枯渇していると、出す力すら残っていない。

出したら楽になるんだろうなと思っていても、できない。

 

わたしは結構長い間、出せない問題で苦しんでいた。

精神的なベンピですな。

 

そんなときに「先に出せ」なんて言われたら

「これ以上なに出せってんだよ」

とイラっとくる。

 

もっとエネルギーがすり減っているときは

「出せないとこの地獄から抜け出せないんだ。でも出せない。どうしよう」

と、焦りスパイラルに陥っていく。

 

 

そんなときは、まず思考を外す。

嫌な気分になる思考は100%嘘の情報だから。

 

それから、

「天はわたしを溺愛しまくりの、感謝しまくり」

だってことを思い出す。

※参照:感謝はするものじゃなくて、本当の自分の性質

 

 

身体の自分がネガティブから抜け出せないときでも、

本当の自分は愛や感謝の波動を出しまくりなので、そっちに意識を向ける。

 

本当の自分が、身体の自分に絶え間なく愛と感謝を注ぎ続けているなと思うと、

どんどんいい気分で満たされていく。

 

「出せば受け取れる」は、自分のエネルギーを先に出して、

空いたスペースに欲しいものを受け取るというやり方。

 

一方、先に本当の自分から愛や感謝を受け取るというのは、

まずはカラカラに乾いた身体の自分を、愛や感謝で満たしていく。

満たされてもさらに注がれ続けるので、愛や感謝が外側の世界にまで溢れていく。

本当の自分も自分なので、世界からみると先に出したことになる。

 

「先に出すなんてできない!」という思考で動けなくなった身体の自分を、

本当の自分が満たしてくれるので、自分でなにもしなくてもいい波動が受け取れる。

 

そして、なにもしないで受け取った波動が、

これまたなにもしなくても外側に溢れ出す。

いい波動を外側に出すので、当然受け取る現実もいい波動に見合ったものになる。

 

 

つまり、

「先に出して受け取る」が、なんの苦労も努力もなく

自動的にできてしまう神システム!

 

 

このやり方は、いいところがもう2つある。

 

 

ひとつは、

身体にネガティブがいっぱいに詰まって

苦しいときにも対応できること。

 

どれだけ身体にネガティブが詰まっていても、

本当の自分からの愛や感謝はおかまいなしに注ぎつがれる。

 

すると、濁った水たまりにキレイな水を流しつづけたように、

ネガティブという濁りは、愛や感謝というキレイな水に押し出されて、

いつの間にかネガティブはすべて洗い流され、愛と感謝に入れ変わっている。

 

ネガティブを追い出そうと頑張らなくても、

自動的に愛と感謝で満たされる!

 

 

ふたつめは、

不足を見るのをやめて、充足を見るのが簡単になる!

 

本当の自分に満たされていることに意識を向けると、

不足をみていた状態から、充足をみている状態になれる。

引き寄せの法則では、不足を見れば不足が、充足を見れば充足が現実に現れるという。

 

だから

「現実の中で充足を感じられるものをたくさん見つけよう!」

と推奨されているんだけど、

わたしは不足を感じているときに現実にある充足を見ようとしても、

「けっ!こんなもんで満足できるか!」

と、やさぐれてしまう。だって、なんか無理してる感がするんだもん。

 

 

でも、本当の自分が身体の自分を満たしているところを思い浮かべると、

なぜかすんなりと充足をみることができる。

 

それはきっと、あやふやで移ろいやすい現実の中に充足を見るよりも、

本当の自分に意識を向けた方が確実に充足を見ることができるから。

 

 

ちなみに、

この方法を試して半日ほどで予想外のルートから臨時収入があった。

あと、いつもより他人がやさしく感じられたり、

欲しい情報が欲しいタイミングで入ったりと、

いいことが連続して起こるようになった。

 

お金も時間も気合もいらない方法なので、ぜひ多くの人に試してもらいたい。

 


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感謝はするものじゃなくて、本当の自分の性質

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感謝しましょう。

いたるところで言われます。

 

感謝のできないやつはダメだ。

感謝が足りないからついてないんだ。

あたりまえのことにも感謝しよう。

 

 

そーだねー。

水道から水が出るのも、

電気が使えるのもありがたいよねー。

感謝だよねー。

うん。異存はないよ。

 

でもさ、正直いって

水道から水が出るのを眺めていても、

感謝の気持ちが心の底からぐわーっ!とわいてきたりはしない。

 

むしろ、感謝しろしろ言われると

罪悪感ばかりがつのってくる。

 

感謝って、人を苦しめるものだっけ?

感謝の気持ちがわいてこないわたしは、人としてダメなんだろうか。

 

結構ながいこと、そんなモヤモヤを抱えていた。

でも、あるときポコっと答えがやってきた。

 

 

感謝ってするものじゃなくて

本当の自分につながったときに感じるものだって。

 

 

身体の自分が、本当の自分を認識すると、

愛や感謝で満たされたときのような感覚になる。

 

本当の自分そのものとまったく同じものではないんだけど、

身体を受信機とした場合は、そう感じる。

 

 

だから、人が愛や感謝を求めるのって、

「本当の自分を感じたい」という根源的な欲求なんだ。

 

求めているのは本当の自分とのつながりなのに、

愛や感謝が、あのすばらしい感覚をもたらしてくれると勘違いしていた。

 

 

愛や感謝の波動でいれば引き寄せができる。

ものごとがスムーズにいく。

 

そう思っていたけれど

すべてが上手くいくのは、本当の自分が発動しているから。

 

いつだって本当の自分は身体の自分に

愛も、感謝も、豊かさも、止めどなくそそぎ続けている。

 

 

エゴと思考が静かなときは、

本当の自分を感じやすいので感謝も感じやすい。

目に見える現実の中に、たくさんの感謝をみつけられる。

 

さらに調子がいいと、

なんでもないときに、なぜか「ありがたいなあ」って

じんわり感謝で満たされた幸せな気分になる。

 

 

でも、頭の中が思考やエゴでいっぱいのときは、

人にやさしくされても感謝を感じる心の余白がない。

 

感謝しなくちゃいけないのに

できない自分はダメなやつだと自分責めがはじまる。

 

 

そんなときは、本当の自分に意識を向ける。

いま感謝を感じられないと思っている自分は、

「エゴの思考」が自分のフリをしているだけで、自分じゃない。

エゴに自分が乗っ取られている状態だ。

 

本当の自分は、それに気がついている方の自分。

本当の自分は、自分責めなんてしていないし、苦しんでもいない。

 

本当の自分は、

いつだって身体の自分に感謝しているし、

100%、いや、1000%、1000億%の全力で愛している。

めっちゃ溺愛。

 

 

何を感謝しているのか、どうして愛しているのかなんて理由はない。

ひとつのストーリーとしては、本当の自分が味わえない体感を

身体の自分が担ってくれてるからと、理由づけることもできるけど。

 

どういうことかというと、

本当の自分はすべてだから、なにか特定の体験をすることができない。

体験を通して悲しさや、嬉しさといった感情を感じることもできない。

だから身体の自分があらゆる体験をしてくれるのにめっちゃ感謝している。

 

身体があるということは、同時に苦しみでもあるのに

それを受け入れていろんな体験をしてくるから。

 

だから、身体の自分がすることは全部嬉しい。

本当の自分は、あらゆるジャッジがないから、

善悪で裁いたりしないし、価値が高い、低いの差別もない。

会社を興して上場させることと、ごろごろしてマンガを読むことは等価値。

全部、貴重な体験。

 

 

なんて説明もありだけど、

単純にそういう性質だからといってもいい。

本当の自分はネガティブな要素がないから、

愛すること、感謝することだけしかできない。

 

身体の自分がなにをしても、しなくても

本当の自分から愛されなくなることも、感謝されなくなることもない。

常に、愛と感謝流れ込みっぱなし。

絶対に見捨てない。

 

 

だから、身体の自分が感謝できないときは、

「あー、こんなときでも本当の自分は、身体の自分にめっちゃ感謝してるんだなー」

「うわー、いまこの瞬間も溺愛されまくってるわー。全知全能のすげー存在からー」

と、本当の自分に意識を向けて、受け取りまくることにしている。

 

そのうち、満たされて幸せな感覚がわくこともあるし、わかないこともある。

体感がなくてもまったく問題ない。

感じようが、感じまいが、そそがれる愛や感謝は

常に全開で身体の奥底から湧き上がり続けているから。

 

 

嫌な気分になったとき。

嫌な現実をみてしまったとき。

ついそこに意識が向きがちがけど、

ぐっと方向転換して、本当の自分に意識を向けなおす。

 

 

すごい存在に愛されているわたし。

なんでもできる万能な存在に感謝されまくっているわたし。

つまらないものをみている暇があったら、こっちをみよう。

意識を向けているものが現実化されるから。

 

すでに愛されまくって、感謝されまくっている

内側に意識をしっかりと向けて

愛されまくり、感謝されまくりの現実を映し出そう!

 

 


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望みを叶えられる人と叶えられない人の違い【引き寄せ・願望実現】

 

 

 

 

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ずっと、なんかわからないけど何もしていないのにスルスル上手くいくことと、

めっちゃ頑張ったのに上手くいかないことがあるなあと思っていた。

 

まあ人生そんなもんかと、とくに願い事をするでもなく

冷めた気持ちで過ごしていたんだけど、

自分の望みをはっきりさせて、バンバン叶える人っているのよね。

 

叶え方はいろいろで、

がむしゃらに努力する人もいるし、

好きなことだけやりながら叶える人もいる。

他人のサポートを受けてで叶える人や、

運が味方をして叶える人も。

 

やり方はなんでもいいんだ。

宇宙は上手くいく方向にだけ流れているから、

抵抗せずに乗っかっちゃえば望みが叶って当然だもの。

 

だから望めば絶対叶うんだけど、叶うのが早かったり、遅かったりはある。

あと、叶うのを待てずにキャンセル出しちゃって叶わないこともある。

 

 

望みを早く現実化させるには、宇宙の流れに抵抗しないこと。

その大前提となるのは、本当の自分を思い出すこと。

 

 

本当の自分の中にはすべてがある。

すべての現実は、自分の内側を反映してできている。

だから、望みがあるのなら、自分の内側から出せばいい。

 

 

内側から出す方法は、意図すること。

月収100万円になりたいのなら、月収100万円になったと意図する。

紙に書いてもいいし、イメージングしてもいいし、やり方は自由。

 

大切なのは、

「望めば絶対に叶うわたし」として意図すること。

 この前提がすべてといってもいい。

 

叶わなかったころのわたしは、

「これから望みを叶えたいと思っているわたし」

「望みが叶えられるかわからないわたし」

という前提でいろんなメソッドを試していた。

結果は、叶ったり叶わなかったりと不安定だった。

 

どうやら

「何をするか」よりも「どんな自分でいるか」

の方が重要なようだ。

 

 

というわけで、「叶うわたし」が意図する。

意図したら、叶ったわたしになる。

 

これだけ。

 

 

 

いやいやいやいや

叶ってないじゃん!!!!

 

 

と、エゴが叫び狂うけれど、本当に意図した瞬間に叶っている。

というよりも、望む前から叶った世界はあって、そこにシフトする感じ。

 

 

 

現実は、自分の内側が反映されたもの。

自分の内側にはすべてがあるから、その中から望むものをピックアップする。

月収100万円とか、彼との結婚とか、好きなものを。

 

 

身体を持つわたしの仕事はここまで。

現実に反映させるのは、天の役割なので、

意図した後は、好きなことをして過ごせばいい。

ゴロゴロしたり、おいしいもの食べたり、ボーッとしたり。

 

 

 

でも、叶ってないじゃん!!!

現実を見ろよ!!!

 

相変わらずエゴが大騒ぎする。

それがエゴの仕事だから。

 

 

エゴは、望みが叶うのを阻止したい。

ネガティブがなくなったらエゴは存在できないから。

 

だから望みが叶うときって、ものすごいエゴが出てくる。

叶う人ほどエゴの登場回数が多い。

 

望みが叶いそうになったら、エゴが「ヤバイ!このままじゃ叶ってしまう!」

と焦りだすので、叶わないような現実を見せたり、

「意図しただけで叶うわけないだろ!自分で努力しろよ」とささやいたり、

「叶わなかったらどうしよう」と不安にさせたり、

時には他人を使って「バカじゃないの?現実見たら?」と邪魔してくる。

 

 

 

 

ここで多くの人が、エゴに負けて意図を取り下げてしまう。

意図を取り下げるというのは、たとえば「彼と結婚する」と意図した場合、

「まだ付き合ってもいないのに無理かも」と意図を撤回してしまう感じ。

 

叶わないときって、いま見えている現実や勝手な思考に振り回されて

ああ~無理だー!とあきらめてしまっている。

 

 

でも、意図すれば叶う。

叶うときはエゴの邪魔が入る。

エゴがくるのはもうしょうがないから、意図を撤回しないようにだけする。

 

 

撤回しないようにするには、撤回しそうになったと気付けばOK。

 

エゴの声を、自分の意見だと勘違いしていたことに気が付けばいい。

エゴには現実を動かす力はないから、対処しなくても大丈夫。

 

エゴが見せる目の前の現実は関係ない。

わたしの望みはこれだ!と内側に「ある」を見続ける。

またエゴに振り回されたら、それに気づいて内側に意識を戻す。 

 

 

望みを叶えられない人と、叶える人の違いって、

エゴに負けて意図を取り下げるか、持ち続けるかの違いだけ。

 

叶う人は、叶わなそうな現実を見ても、あきらめたくなる思考がわいても、

焦りや不安、イライラを感じても、「すでに叶った」わたしであり続けている。

絶対に意図を取り下げない。

 

 

そうはいっても、エゴが出てきたらすぐには気づけなくて

しばらく振り回されてしまうこともある。

 

エゴってわたしをだますのが本当に上手だから、もう開き直った。

どんだけ暴れてもいいよと。

 

 

そして好きなだけエゴに暴れさせたら、最後に

「こんな現実が見えてるなあ。でもすでに叶ったし!」

「この不安は、叶った証拠だ!」

「叶ったわたしにも心配な考えは浮かぶんだなあ」

で、しめくくる。

 

 

意図は最後にあるものが叶うので、100ネガティブに考えても、

最後の1つだけ「あ、もう叶ってるんだった」でしめればOK。

 

自分の内側が外側の現実を作るので、

意図が先。現実化は後。

 

何度でも思い出す。

現実は、過去の自分の内側を投影したものなので、見ててもしょうがない。

 

とはいえ、見ちゃうのもしょうがないので、

最後は「あ、もう叶ってるんだった」と思い出そう。

 

それだけ。

カンタン♪カンタン♪

 

 


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焦り・不安・恐れが頭から離れないとき

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物心がついたころから、わたしの中には嫌な気持ちが常駐していた。

焦りのような、不安のような、得体の知れない不快感。

原因が思い当たるときは、それに恐怖も加わる。

 

この嫌な気持ちは、不思議とこどもの頃から同じ感覚だ。

小学生のころ、学校で使うサインペンをなくしてしまったときの絶望感と、

大人になってから仕事でクライアントを巻き込むミスをしたときの絶望感は、

まったく同じ感覚。

 

事の大小なんて関係ない。

人から「そんな気にすることないよ」と言われても、

そんな問題ではない。

 

嫌な気持ちは、なぜか差し迫った問題がないときにもやってくる。

過去を思い出して嫌な気持ちを再上演したり、未来の不安に恐れおののいたり。

嫌な気持ちになるのに、理由の有無は関係なかった。

 

 

そんな嫌な気持ちをどうにかしたくて、さまざまなことを試した。

本を買い、セミナーに出席し、ヒーリングを受け、心療内科を受診し、身体のメンテナンスをし、朝日を浴び、祈り、遠くの神社に参拝に行き、アファメーションをした。

 

限界までお金を使って、時間と手間暇をかけ、必死に原因と解決法を探した。

でも、どれも違う。

正解はわからないのに、違うというのはなぜかわかる。

 

 

わからない。わからない。わからない。

わからないをたくさん重ねると、なぜかふと、わかるときがくる。不思議。

 

 

嫌な気持ちについて、わかったのは3つ。

 

①何かの理由に紐づいたものじゃないこと。

②そもそも本当の自分のものじゃないこと。

③何の力も持っていないこと。

 

 

まず、普段自分だと思っているのは、「思考」であり、「エゴ」だったりする。

以前、不思議な体験(参照:わたしについて)をしたときに納得したのが、

 

 

頭の中の声は、自分のものではないということ。

 

 

空気中というか、そこら辺にいろんな思考が飛び交っていて、

そのときの自分にあった思考が頭の中に入ってきているようだ。

周波数があったものというのかな?

 

 

で、ネガティブなことばかり考えていたり、心のブロックやトラウマがあったり、

いらない観念を持っているとネガティブを引き寄せるというのが巷でよくある見解。

全部自分で選んでるんだよーって。

 

 

まあ、そうといえばそうなんだけど、わたしはそれだけじゃないと思う。

人は身体を持って生まれてきた時点で、ネガティブなものを抱えてきている。

そのネガティブの量にかなり偏りがあるんじゃないかな。

 

 

なぜかはわからないけれど、ネガティブが少なく生まれてきた人がいる。

この人たちは、人生がとてもスムーズで、生きやすい。

 

一方、これまたなぜかわからないけれど、ネガティブ多めで生まれてきた人もいる。

こっちは人生がとても困難だ。

 

ネガティブ少なめの人からすれば不思議なほど、

ネガティブな考えに支配されているし、

実際にネガティブな現実を作り上げている。

 

 

ネガ多め(牛丼のネギ多めみたいだな)の人は、

生まれたときから身体中にネガが詰まっているので、本当の自分の声が聞こえにくい。

頭の中に絶え間なく流れる他者の声がうるさすぎるから。

 

 

自分は何が好きなのか。

今、何をしたいのか。

どんな人生を過ごしたいのか。

 

ネガ少なめ(ネガ少なめいっちょ!って言いたくなる)の人は、

そんなこと普通にわかるから、当たり前に自分の好きなように生きることができる。

 

 

でも、ネガ多めの人にはわからない。

頭の中の声が多すぎて、

「自分はダメなやつだ」

と言っている声が紛れていることにも気が付かない。

 

わたしもよく人から、「自分のこと嫌いでしょ?」と、聞かれることがあった。

自分では好き嫌いを意識したこともなかったのに。

他人からはそう見えたのねん。

 

別に「自分のこと嫌いです!」って観念を支持していたわけじゃない。

自分の中に、そんな思考が入り込んでいるのに気が付かなかっただけ。

 

でも、気が付こうが、気が付かまいが、あるものはある。

だから、その辺に飛び交っているネガティブな思考を引き寄せる。

 

なんなら、人から「あ、こいつの中にネガ捨ててやれ」と、流し込まれたりもする。

モラハラ、虐待、八つ当たりをしてくる人は、それが目的だったりする。

本人も気づいていないだろうし、認めないだろうけど。

この話を聞いて、「あ、そうかも」と思った人は、入れられてるはず。

 

 

だから、焦り・不安・恐れが頭から離れないときは、

まずその嫌な気持ちは自分のものではないと自覚する。

 

だって、本当の自分には

焦りも、不安も、恐れもないんだから。

 

そんなネガティブな性質は一切持ち合わせていない。

本当の自分は、だたひたすら愛で、豊かさで、至福で、すべてだ。

 

 

だから、嫌な気持ちも、ネガティブな思考も全部100%自分のものじゃない。

自分のものじゃないから、原因なんてない。

 

もし仕事でミスをしたら、

エゴは「自分が悪いんだから罪悪感で嫌な気持ちになって当然だ」というけれど、

ミスと嫌な気持ちに因果関係はない。

 

そのミスが原因でもっと素晴らしい仕事のシステムが発見できるかもしれないし、

落ち込んでいるところを慰めてくれた男性と恋するかもしれないし、

励ましてくれた職場の人たちと結束が固まるかもしれない。

 

仮にメリットが見つけられなかったとしても、

わたしの目に見えなかっただけで何か素敵なことが起こっているかもしれない。

風が吹けば桶屋が儲かる方式で。

 

そして、よく引き寄せの法則

嫌な気持ちは嫌な現実を引き寄せる

と言われているのを知ってから、わたしはそれまで以上にビビった。

 

おいおい。

嫌な気持ちでいること自体が嫌で大金はたいてどうにかしようとしてたのに、

嫌な現実まで引き寄せるのかよ。

 

だからわたしの人生

ハードモードだったのかよおおおおおおお!!!!

 

こうして悪魔の堂々巡りにはまっていった。

でも、これって引き寄せのほんの一面だけだよね。

 

以前のわたしはエゴに支配されているのに無自覚だったから、

知らない間にエゴに人生の主導権をにぎられていた。

そりゃ嫌な現実バンバカ見せられるわさ。

 

でも、エゴに気づいたら、もうエゴは存在できない。

気づいてしまいさえすればこっちのもの。主導権はわたしのものだ。

 

わたしが主導権をにぎっていれば、

嫌な気持ちはもう

わたしの人生に影響を与えることはできない。

 

 

ここまで認識できれば、ひと安心。

もう嫌な気持ちが膨らむことはない。

ほっとくと、どんどん嫌な気持ちは大きくなるからね。

 

 

あとは、いま身体の中にある嫌な気持ちを手放していく。

手放しかたは、いろんなメソッドがあるから好きなものを選べばいいと思う。

 

わたしのやり方は、

「身体から嫌な気持ちが抜けていく。天が助けてくれている」

と意図してから、感情をだたのエネルギーとして感じ切る方法。

 

①身体のどこにどんな感覚があるのか注目する

②嫌な気持ちをただのエネルギーとして感じる

「胸がざわざわする。あ、小さくなってきた」と、エネルギーの変化を見守る。

早くなくそうとコントロールしない。自由にさせる。

 

 

コツは、

「不安」

「どうしてこんなことになったんだろう」

という思考や言葉を外して、ただのエネルギーとして感じ切ること。

 

 

嫌な気持ちが、「これは不安だ」「○○が原因だ」など語ることがあるけど、

「そっかーそういう思考がわいてるんだねー。わたしの考えじゃないけど」

と受け流す。

否定したり、正したり、支持したりしない。

これでひとサイクル。

 

 

エゴも、嫌な気分も、身体を持って生きている限りやってくる。

トイレに行ったり、お風呂に入ったりするようなもんだね。

エゴ外し作業は。

 

うんざりすることもあるけれど、

こうして外したエゴは二度と戻ってこないから安心して作業に励める。

 

 

 

本当の自分の領域が増えると、

奥底に沈んでいたエゴが浮かび上がってくるのでまた外していく。

 

淡々とやるのがいい。

思考を使わないでいると、

天の助けがダイレクトに届くから。

 

 

一見切りがないようだけど、やればやるほど、楽になっていく。

だって、楽なのが本当の自分の姿なのだから。


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引き寄せも自愛も♪ 本当の自分を思い出せばすべて上手くいく!

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こんにちは。さくらです。

 

わたしがスピリチュアルなことに興味を持ったきっかけは、生きるのがつらかったから。

 

育った環境からはじまり、学校、会社、お付き合いする男性。

あらゆるところで激しいモラハラを受けていた。

 

渦中にいるときは、激しい攻撃さえ受けなければいいやと思っていたはずなのに、そこまでひどい人がいないときでも心は苦しいまま。

何が理由なのか、思い当たるふしが多すぎて混乱していました。

 

とくかくこの苦しさの原因を突き止めて、根本治療したい。

その一心でジタバタとあちこちの専門家の門を叩きまわること数年。

 

たくさんのお金をかけて、時間をかけて、ばからしいと思うメソッドもまじめにやって。

 

それでもちっとも楽にならなかった。

 

 

わたしの何が悪いんだろう。

どのやり方が間違っていたんだろう。

選んだ専門家がハズレだったんだろうか。

自分に向いていない方法だったのかな。

 

 

いくら上手くいかない原因を探しても、さっぱりわからない。

 

 

わからないからいつまでたっても上手くいかないんだ。

だからわたしはダメなんだ。

 

どんどん深みにはまっていきました。

でも、わかるわけなかった。

 

 

 

 

だって原因なんてないんだから!

 

 

 

もうこれ、前提が間違ってた。

まず「自分に悪いところがある」ってのが大間違いだし、

ついでに「上手くいっていない」というのも間違ってた

 

エゴが「お前が不幸なのは自業自得だ。何がいけないかわからない?自分で考えろ。自分で気が付かないと意味がないだろ。だからお前はダメなんだ」と、わたしの脳内で騒ぎ立てていただけだった。

 

動揺したわたしは、エゴの声を自分の意見だと錯覚し、「自分が悪いから不幸が起こる。原因を見つけて解決しなきゃ一生不幸なままだ」と、

いらん観念を知らない間に採用していた。

 

 

現実は、自分で決めた世界が現象として現れるので、わたしはいらん観念を採用していたせいで、長年「不幸を起こす原因を抱えた自分」というフィルターを通して、幻の現実をみることになった。

 

 

でも、違うんだ。

エゴの声をどけてみると、本当の自分がみえてくる。

 

本当の自分は、宇宙、神、大いなるひとつ、全体、無意識、阿頼耶識などなど、いろんな呼び方をする人がいるけれど、とにかく唯一無二で一番すごいやつ。

そんな存在だった。

 

現象界は、二元の世界なので表があれば裏がある。

ポジティブがあれば同時にネガティブも存在する。

 

でも、本当の自分には裏がない。

どかんと愛があるだけ。

絶対に反転したりしない。

ネガティブな性質を持ち合わせていないから。

 

よく「宇宙と調和する」とか「神に祈る」なんて表現をみかけるから、宇宙も神もどこか別のところにあるのかと思っていたら、ここにあった。

 

身体の60兆ある細胞のひとつひとつが、自分の中にある空間が、エネルギーが、すべて神や宇宙そのものだった。

 

 

だからエゴにだまされなければ、ほっておいても上手くいくようにできている。

いや、エゴに幻を見せられている間だって、上手くいっていた。

 

苦しいだけだと思っていた時間も、実は身体に溜まったネガティブなエネルギーを放出する作業をしていたり、何が望みかを気づかせる指標だったり。

ただ、エゴに「まずいことが起きている」とだまされていただけ。

 

 

でも、エゴは本当の自分を思い出す材料にもなってくれる。

 

エゴを使って本当の自分を思い出す方法は、

不安が襲ってきたりイヤな気分になったら、まずエゴのしわざだと気づく

 

次に、「エゴは気づかれると消えてしまう」ことを思い出す

 

そして「自分と同化してひっついていたエゴが剥がれ落ちていくなあ。これでますます波動が軽くなるなあ」と思いながら、身体の感覚を味わう

エゴがわいてきているときは、胸が重苦しかったり、頭が締め付けられる感覚があったりと、何かしら身体に出るので、それを感じる。

 

その時、エゴが「なぜこの苦しみがあるんだ」と疑問を投げかけてきたり、「もっと現実的な行動が必要だろ。何バカなことしてるんだ」と他に重要なことがあるとだましてきたり、もっとシンプルに「ふざけるな」「絶対許さない」と罵倒してきたりするけれど、全部まとめて無視をする。

 

そのうち落ち着いてくるので、本当の自分に意識を向ける。

本当の自分に意識を向けるには、身体を内側から感じるといい。

頭、首、腕というように、上から順番に身体の内側にあるエネルギーを感じていく。

最後は身体全体の内側にあるエネルギーをひとかたまりにまとめて感じる

 

「この体中を満たしているエネルギーが、全部の細胞が、最速で最善に上手くいくよう動いていてくれるんだなあ」と、じっくり感じていると、どんどん本当の自分に戻っていく。

 

これを1日のうちに何度でも行う。

エゴが来ていないときにでも、身体を内側から感じるようにする。

身体の調子も良くなるし、気持ちも安定するし、なんだかいいことがいっぱい起こるから。

本当の自分は、いつでも全力で100%わたしの幸せのために動いてくれている。

 

 

例えば何かを決めるとき。

願いを叶えるためにこのメソッドをやるか、やらないかを検討しているとしよう。

 

不足のある自分が不足を埋めるためにするのなら、やってもやらなくても不足が大きくなる。

よしんば願いが叶ったとしても、一瞬だけいい気分になるけれど、すぐに次の不足があらわれて苦しくなる。

 

完璧である本当の自分が、さらに楽しむためにと選んだものなら、やってもやらなくても完璧な自分にふさわしい結果が訪れる。

もし残念な結果になったように見えたとしても、絶対に願い以上の幸せが用意されている。

 

何を選ぶかは問題ではない。

言動、行動、現象には意味がないから。

 

意味があるのは、エゴにだまされた自分がするのか、本当の自分がするのかということだけ。

 

 

願いが叶うことと、幸せになることは別の問題。

願いが叶っても本当の自分を忘れてエゴの声を採用していたら、幸せを感じない。

逆に本当の自分であれば、願いに関係なく常に幸せそのもの。

必要なのは、本当の自分でいることだけ。

 

本当の自分からは、幸せ、感謝、愛、調和が、自動的に、無限にわいてくる。

それを思い出せばどんな現実が見えていても幸せだし、無駄な不幸を見ることもない。

 

本当の自分として満たされていれば、身体から溢れ出してまわりも勝手に幸せになる。

何をしても、何もしなくても、存在しているだけで幸せが溢れ続けていくから、やらなきゃいけないこともない。

完璧な自由♪

 


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私について★2019年12月5日更新

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はじめまして。神蔵さくらと申します。

40代女性です。

なんだか、とっても疲れやすい体質の持ち主です。

 

 

いえ、年齢的なものではありません。

3歳くらいのとき、動物園に連れて行ってもらっただけで

その日の夜はご飯も食べず眠りこけてしまうほど

子どものころから疲れやすい体質でした。

 

 

別にはしゃぎまわっていたわけでもなく、

ぼんやり動物を眺めていただけなのに。

 

 

体力面だけではなく、メンタルも豆腐だったわたしは、

おとなに怒られているともだちを見かけると心臓がバクバクしていました。

怒られているのはわたしじゃないにもかかわらず。

怒られている当の本人は、不思議とケロっとしているんですけどね。

 

 

その傾向はおとなになってからもかわりませんでした。

溜まり続けるストレスを発散する方法がわからなかったので、

ずっと心に重いものが積もりっぱなしでした。

 

 

自分の分のみならず、人の負のエネルギーまで吸い取るこのやっかいな体質は、

他人に負を押し付けたい人を寄せ付けます。

 

 

30代後半のとき、務めていた会社の社長によるパワハラ

とうとう耐え切れなくなって、職場で倒れました。

 

 

そのころは深夜まで働いていたので、運ばれた先は夜間救急病院でした。

ずっと辞められないと思い込んでいた仕事に、強制終了が入った瞬間です。

 

 

それまでも、なんとか心を軽くしたくていろんな本を読みあさってきましたが、

倒れてから本格的に、心療内科自己啓発セミナー、心理学の講演会、

カウンセリング、スピリチュアルセッション、神社の御祈祷、瞑想会、

禅リトリート、引き寄せ、ノンデュアリティチャネリング脳科学

量子力学などなど、さまざまな専門家を訪ね歩きました。

 

 

はじめのうちは、どれも楽しくて、「きっとこれを続ければラクになれる!」

と希望でいっぱいでしたが、結局私を救ってくれるものはありませんでした。

 

 

だんだん心の中は怒りといらだちでいっぱいになり、

エネルギーをどんどん失った私は、いくどもも50時間以上布団から

起き上がれないほどの眠気に襲われるようになりました。

その間、飲食はもちろんトイレにも行きたくならないのが不思議です。

 

 

もう、何もしたくない。

 何度もそう思っては、いや、早くここから抜け出さなきゃと、焦る。

 

ある日、いつものように布団の中でうとうとしていると、

急に不思議な感覚がやってきました。

いわゆる一瞥体験といわれるものです。

 

言葉にするのは難しいのですが、

 物事が起こることと、それに対する認識は同時に起きている。

でも認識している人はいない。

物事はすべて同時に起こっているから、何も起こっていないのと同義。

 

といったことが、感覚としてわたしの中に流れ込んできたのです。

これらのことは、知識としては知っていました。

 

でも、どの人が説明した言葉やたとえ話も、すべてズレた表現だったんだなあと

思うのと同時に、これはいつもの意識状態では絶対に理解できるわけがない。

適切な説明だってできるわけがない。

いままで知ろうとしていたのは全然的外れな試みだったなあと、

変な夢から覚めた気分でした。

 

なぜかその感覚の中にいるときはずっと

「やばいやばいやばいやばい!!!!!」

と、あわあわしていました。今思うと、何がやばいのかわかりませんが。

そのくせ、いまとなっては願わくば、もう一度あの感覚を味わいたいと望んでいます。

 

 

この体験が関係しているのかわかりませんが、わたしに入ってくる情報が

それまでと変化してきました。180度変わったと言っていいものまであるくらいです。

 インスピレーションが導いてくれるようになったとはいっても、

身体の自分はまだケアを必要としています。

 

いまの自分には何が必要なのか。

そんな情報をブログにまとめました。

 

情報は、わたしの変化に合わせてどんどん更新されます。

過去の記事に書いたことは、いまのわたしには

合わない知識やメソッドになっていることも多々あります。

 

だったらいっそのこと古い情報は新しい情報に

上書きしてしまおうかとも思ったのですが、

あの頃のわたしの感覚でしかつながれない人もいるかもしれないと思い、

ひとまず残してみることにしました。

この先、どうなるかはわからないけれど、いまは残したいから残します。

 

 

そんなわたしによる、わたしのための情報ですが、

もしかしたら同じようなことで苦しんでいる人のお役に立てることが

あるかもしれないので、ブログというカタチでシェアします。

 

もちろん、すべてを受け入れなくてもいいですし、

なんならまったく受け入れずにこのブログを閉じてくださってもかまいません。

もしそうであっても、あなたはあなたの方法で必ず幸せでいられますから

何も問題はありません。

 

ただ、もしよかったら、このブログを読んで「善悪」や「正しい間違っている」の判断ではなく、あなたの心に浮かんだ感情を感じてみてください。

 

私がおすすめしていることを気分良くできそうなら試してみるのもいいし、

気が向かないと思ったら、やらなくてOKです。

やってみようかと思ったけどやっぱりやめたとか、

やるつもりなかったけどちょっとだけやってみようかななんてのもアリです。

 

どれを選んでも、あなたの選択は全部正解です。それが幸せへの道です。

 

 

もしこのブログを読んで嫌な感情が湧いてきたら、

あなたの中のどんな想念が反応しているかを見てみてください。

その想念は、いまのあなたを幸せにしているのかを検討してみてください。

 

わたしが言っていることが正しいか否かより、

あなたが何を感じたかの方がずっと大切です。

 

すべての人が幸せでありますように。

 

 

 

 


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さくらとのセッションメニュー★2019年12月5日更新

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さくらとのセッションメニューについて
 
こんにちは。さくらです。
さくらとのセッションメニューに興味を持ってくださりありがとうございます。
 
2019年12月よりセッション内容を変更しました。
 
 
以前は引き寄せのセッションも行っておりましたが、 
最新のインスピレーションにより、
もっと「いま」必要なことが降りてきました。
 
 
自我さんの思い通りに願いを叶えるのは、とても楽しいものですね。
欲しいものが手に入ったらうれしい!
好きな人と仲良くなれたら幸せ!
やりたい仕事ができて楽しい!
 
こんな喜びを味わうのが人生の醍醐味だと、わたしは思っていました。
だから引き寄せも楽しかった!
でも、あるとき知ってしまったのです。
 
 
 
本当に欲しかったのは
身体の奥底から無条件に、
そして無限に湧き上がってくる
「至福」そのものだということを。
 
 
 
人は何かを手に入れると幸せを感じます。
でも、それは
 
手に入れたから幸せなんじゃないんです。
 
 
何かを手に入れることで、
それまで「欲しい」に向かって活動していた自我の動きが止まり、
本来の自分が立ち現れたから幸せを感じたんです。
 
本当は、わたしたちはいつも最高に至福です。
至福が本来のわたしたちの姿だからです。
 
「そうはいっても、わたしは至福なんて感じない」
と思うかもしれません。なぜ感じられないかというと、それは
自我さんが活発に活動しているから。
 
つまり、自我さんにおとなしくしてもらえば、
いつだって至福なわたしに戻れます。
この至福を得るのに(得るものではないのですが)
必要なものも、条件もなにもありません。
 
 
「本来の自分」をわたしが感じることはできません。
自分の右目を、自分の右目で見ることができないように、
自分自身を認識することはできないのです。
 
だから本来の自分である「至福」はエネルギーとなり、
身体のわたしをいっぱいに満たします。
満たしきっても無限に湧き上がってくる至福エネルギーは
身体から溢れて、まわりの人と現実を豊かにします。
 
 
本来の自分で生きる世界に、「良い」「悪い」のジャッジはありません。
しなければいけないことも、してはいけないこともないんです。
 
頑張るのが歓びの人は頑張ればいいし、
ダラダラすることこそ至高!という人はダラダラを満喫してください(笑)
万人に共通する幸せの「カタチ」は何もありません。
あなたの心が感じる、あなただけの至福を楽しんでください。
 
 
では、自我さんにおとなしくしてもらって、
本来の自分にバトンタッチするにはどうすればいいのでしょうか?
そのためにわたしがおすすめしていることは、
 
 
「感情を感じ切る」ことと、
「いらない想念を発見する」ことです。
 
 
このふたつについてはブログにもちょこまか書いていますが、
「いまいちやり方がわからない」
「やってみたけど、これでできてるのか不安」
「本来の自分とか、自動運転ってどういうこと?」
など、疑問や不安に思うことがある方のために
個人セッションを用意しました。
 
 
【 対面個人セッション料金:60分 10,000円 】
対面個人セッションでは、「感情を感じ切る」実践を行います。
ひとりではうまくできないという方も、一緒に実践することで
「場」ができますので、感覚をつかみやすくなるかと思います。
 
感情は、感じ切ったと思ってもまた出てきたりします。
感情は、感情によってフタをされ、何層にもなっています。
上にある感情を消すと、下に隠れていた感情が顔を出すのです。
でも、ひとりで感情を消す作業をしていると、
切りのない無意味な繰り返しではないかという錯覚に陥りがちです。
せっかく感情のブロックが減ってきているのに、
実感できないうちにやめてしまっては悲しすぎます。
そうならないために、わたしと一緒に取り組んでみませんか?
もうあなたを孤独にしません!
 
そして、いまある感情を感じ切ったら、あなたに浮かんできた
「もういらない想念」を見つけていきましょう。
なれないうちは想念と一体化してしまうので、
どこにいらない想念があるのか見つけにくいことがあります。
それを客観的に見つけるお手伝いをさせていただきますね。
 
 
【 リピーター専用セッション:30分 3,000円 】
最後の対面セッションから30日以内にリピートしてくださった方限定で、
30分のショートセッションをお手頃価格でご提供します。
質問や相談は少なくていいから実践だけしたいときや、
実践は少しでいいからちょっと聞きたいことがあるとき、
ちょっとさくらの顔でも見てやるかというときにおすすめのメニューです。
 
※都内でご希望の場所をご指定ください。
 カフェ・カラオケボックスなどをご指定される方が多いです。
 男性のお客様は、個室以外のカフェ限定とさせていただきます。
※別途、場所代、飲食代、渋谷駅からの往復交通費をご負担ください。
※LINE通話でのセッションも対面と同じ料金で可能です。
※お支払い方法は、対面は手渡しまたはPayPal(ペイパル)、LINE通話はPayPal(ペイパル)でお願いします。
 
 
【 対面&メールセット:15,000円 】
対面60分1回と、アフターフォローメール3か月のセットです。
対面セッション後、おひとりで感情を感じ切る実践と、想念を見つける作業を
進めていく際に出てくる疑問やご相談をメールでフォローします。
感情を感じ切るのも、想念を見つけるのも、続ければ続けるほど
大きな効果を上げます。でも、作業自体は地味ですし、習慣になっていないと
いつの間にかやらなくなってしまう可能性もありますので、
そうならないためのリマインダーとしても機能します。
わたしからのお答えメールは週に1度お送りしますが、
あなたからの質問メールは何通送ってくださっても大丈夫です。
すべて大切に読ませていただきます♪
 
※お支払いは、PayPal(ペイパル)でお願いします。
※混雑具合によって返信まで3日~1週間かかる場合があります。ご了承ください。
 
 
【 メールセッション:3か月 10,000円 】
基本的にひとりで感情を感じ切ることも、想念を見つけることもできるけれど、
たまに質問したいことがでてきそうという方におすすめのメニューです。
わたしからのお答えメールは週に1度お送りしますが、
あなたからの質問メールは何通送ってくださっても大丈夫です。
すべて大切に読ませていただきます♪
 
※お支払いは、PayPal(ペイパル)でお願いします。
※混雑具合によって返信まで3日~1週間かかる場合があります。ご了承ください。